大判例

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徳島地方裁判所 昭和43年(ワ)294号 判決

ニューヨーク市

原告

アルビン・エル・カッセル

代理人

マイケル・エイ・ブロウン

春木英成

簗瀬捨治

復代理人

今谷健一

被告

東光ナイロン株式会社

代理人

田中義明

田中達也

主文

一、被告は原告に対しアメリカ合衆国通貨金二、一五五・五二ドル及びこれに対する一九六五年(昭和四〇年)一月二〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り金二五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

一、原告訴訟復代理人は

「被告は原告に対し金2,155.55米ドル(邦貨換算金七七五、九九八円)及びこれに対する昭和四〇年一月二〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

「(一) 原告は肩書地で法律業務を行つている弁護士であるが、一九六三年六月七日右原告事務所において被告会社代表取締役佐藤成俊及び当時の被告会社ニューヨーク連絡事務所代表者久司道夫から被告会社とエム・ケイ・エム・ニッテイングミルズ (以下、エム・ケイ・エムと略称する。)等との取引に関し被告会社を代理して交渉、契約書案の作成等の法律業務を行うことを依頼された。

(二) 原告は右依頼を受けた際、右業務遂行のために五〇時間を要すると見込み、当時の原告の一時間当りの報酬額は五〇ドルであるからその報酬金として二、五〇〇ドル、そのほかに立替費用実費の支払を受ける旨述べて被告会社代表取締役らはこれを承諾した。

(三) 原告の右エム・ケイ・エムとの交渉は前記一九六三年六月七日から一九六四年七月下旬まで続いたが、エム・ケイ・エムの要求したある基本案件に関して交渉が行き詰まり、打ち切られた。

(四) この間原告は被告会社のため四九時間一五分の時間と次の立替費用合計155.52ドルを費した。

ボストンへの旅行の交通費及び諸経費

六四ドル

ボストンへの長距離電話料金

37.45ドル

複写写真費用 5.45ドル

電報料金 1.42ドル

市内電話料金、タクシー等の交通費、速記料金等の諸経費 47.20ドル

以上合計 155.52ドル

そこで、原告は一九六四年一月七日被告会社に対し右立替費用を含む金2,655.55ドルの報酬を請求したが、その後同年一〇月一四日付被告会社に対する手紙で右請求額のうち五〇〇ドルを減額する旨意思表示し、更に一九六五年一月一三日付手紙による請求のほか度重なる請求をしたが、被告会社は右五〇〇ドルを差引いた報酬等2,155.55ドルを支払わない。

(五) ところで、本訴請求の弁護士報酬等は契約によつて発生する債権であるから、その準拠法は契約の成立及び効力に関する法例七条によるべく、前記(二)項記載のような原告主張の報酬等の合意をした事実からすれば、右準拠法を原地のニューヨーク州法とする合意があつたということができ、仮に右合意がなかつたとしてもその準拠法は同条二項により行為地法たる右ニューヨーク州法によることは明らかであり、債務不履行による損害賠償の問題も契約債権の効力の問題にほかならないから、その準拠法も同様ニューヨーク州法によるべく、同州民事手続法及び規則、一般債務法によれば、契約不履行について一年間一〇〇ドルにつき六ドルの利息を請求できることになるから、以上により原告は被告に対し前記報酬等合計金2,155.55 ドルとこれに対する前記請求の後である一九六五年(昭和四〇年)一月二〇日以降完済に至るまで年六分の割合による利息金の支払を求める。」

二、被告訴訟代理人は

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

「請求原因(一)、(三)の事実は認めるが、その余はいずれも争う。

被告は一九六四年九月被告会社ニューヨーク連絡事務所代表者久司道夫を通じ原告に一、二〇〇ドルを支払つて原告に対する報酬等すべてを精算した。

仮に原告の主張する報酬等の債権が残つていたとしても、右債権(立替金を含め)は既に時効によつて消滅した。即ち、訴訟地であるわが国の法律によれば、右債権は民法一七二条所定の短期消滅時効により弁護士の職務に関する債権としてその原因たる事件の終了の時より二年を経過することによつて消滅するところ、被告会社が依頼した原告の業務は原告の主張によつても一九六四年(昭和三九年)七月下旬に終了しているから、右原告の債権はその二年後本訴提起前に既に時効によつて消滅している。仮に行為地たる米国法を適用するものとし、その所定時効期間がわが国のそれより長期のものであるとすれば、その規定は公序良俗に反することになるから法例三〇条により結局わが国の法律を適用することになり(大審院判例大正六年三月一七日言渡参照)、いずれにしても原告の債権は前記短期消滅時効によつて消滅したものである。

よつて、原告の請求に応ずることはできない。」

三、原告訴訟復代理人は抗弁に対し更に次のとおり答弁した。

「(一) 被告の弁済に関する抗弁事実は否認する。

(二) 原告は何ら報酬等の支払を受けていない。消滅時効の準拠法を考えるについては、その制度が実体上の制度か、手続法上の制度かが問題であるが、わが国の国際私法上の解釈としてはこれを前者として考察すべきであり、してみると消滅時効は債権消滅の一事由であり、結局債権の効力の問題にほかならないから、債権の効力に関する法例七条により前述のニューヨーク州法によることによる。ニューヨーク州民事手続法及び規則によると、契約上の債務に関する訴訟は六年以内に開始すべきものと規定されているので、同州における時効期間(出訴期間)は六年であり、本訴提起は右期間内である。しかも、同州法の時効制度は被告主張のように法例三〇条所定の公序良俗に反するものではない(この見解は被告指摘の判例にもかかわらず多数の学者が一致して説くところである。)から、被告の消滅時効の抗弁は失当である。」

四、〈証拠略〉

理由

一、原告が肩書地で法律業務を行つている弁護士であること、一九六三年六月七日原告は右原告事務所において被告会社代表取締役佐藤成俊及び当時の被告会社ニューヨーク連絡事務所代表者久司道夫から被告会社とエム・ケイ・エム等との間の取引に関し被告会社を代理して交渉、契約書案の作成等の法律業務を行うことを依頼されたこと、右依頼を受けた原告のエム・ケイ・エムとの交渉は右同日から一九六四年七月下旬まで続いたが、右エム・ケイ・エムの要求したある基本案件に関して交渉が行き詰まり、打ち切られたことは当事者間に争いがない。

二、よつて、原告の報酬等の請求権について検討するに、〈証拠〉を総合すると、原告は前記のように被告会社から法律業務の依頼を受けた際、被告会社代表者(佐藤成俊)らとの間で、右業務に要する時間を約五〇時間と見込み、当時の原告の一時間当りの報酬額五〇ドルを基礎としてその報酬額を全体で二、五〇〇ドルと約定し、その他右業務に関する実費の立替費用を請求する旨を約束したこと、原告は前記依頼に基づき当日(一九六三年六月七日)から一九六四年七月二三日頃まで被告会社のためエム・ケイ・エムとの間の取引上の交渉等に当り、右業務のため合計四九時間一五分の時間を費したが、期待した商談は右エム・ケイ・エムの要求するギャランティーの問題で遂に不成功に終つたこと、そしてその間原告は被告会社のため原告主張(請求原因(四)項記載)の合計金155.52ドルの費用を立替支弁した事実を認めることができ、右認定に反する部分の被告本人尋問の結果は措信することができず、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、右弁護士の報酬請求権(立替金を含め)の原因たる契約の成立及び効力に関する準拠法について当事者間に格別の合意があつたと認めるに足りないから、法例七条二項により行為地たるアメリカ合衆国ニューヨーク州法によるべく、前示認定の原告に対する法律業務の委任とその際の報酬、立替金支払に関する合意によつて原告の被告会社に対する前記約定による報酬金二、五〇〇ドルと立替費用金155.52ドルの請求債権が発生することは明らかであり、更に同州民事手続法及び規則第五〇〇一節によると、契約不履行によつて訴訟上利息を回収することができ、その起算は確認し得る訴訟の原因の存在した最も早い日からするものと定められ、かつ利率は、同法五〇〇四節によると衡平法により別に定めた場合を除き法定利率によるものとされ、更に同州一般債務法第五―五〇一節によると、右法定利率は一年間一〇〇ドルにつき六ドル、即ち年六パーセントとされていることが明らかである。(右ニューヨーク州民事手続法及び規則、一般債務法の関係条項は原本の存在と成立について争いのない甲第四号証の一、二三、第五号証によつて認めることができる。)

そうすると、〈証拠〉によると、原告は一九六四年一〇月一四日被告会社代表者佐藤成俊宛の書かんをもつて前記報酬金等から五〇〇ドルを減額した金員を請求し、右書かんは遅くとも同年中に被告会社に送達されたものと認めることができるので、原告は被告会社に対し前記報酬金二、五〇〇ドルのうち自ら減額免除した金五〇〇ドルを差引いた残額金二、〇〇〇ドルと前記立替金155.52ドル、合計2,155.52ドル及びこれに対する右請求の後である一九六五年(昭和四〇年)一月二〇日以降完済に至るまで前示法定利率一年間六パーセントの割合による利息金の支払を求める請求権が発生したものということができる。(なお、原告は最初一九六四年一月七日に右報酬等の請求をしたと主張するが、当時は前記委任を受けた業務の執行中であるから、右時点をもつて確認し得る訴訟の原因の存在した最も早い日と認めることはできない。)

三、次に、被告の弁済の抗弁についてみるに、被告会社は一九六四年九月前記久司道夫を通じて原告に対し金一、二〇〇ドルを支払つて原告に対する報酬等の債務を弁済した旨主張するが、右久司が原告に右金員を支払つたかどうかの点について確認し得る証拠がなく、従つて右主張に副う被告会社代表者尋問の結果は信用するに足りず、結局右抗弁を採用することができない。

四、進んで、被告の消滅時効の抗弁について検討することとする。

まず、その準拠法を選択する前提として消滅時効という制度の性質いかんであるが、英米法においては後記コューヨーク州法に定める例のように訴提起期間、即ち訴権の消滅の問題として規定している例が多いが、それも所詮は一定期間の経過により債務者が利用し得る防禦手段として付与され、かつその者の援用を条件として債務を免責するという事柄の性質においてはわが国など大陛法系の消滅時効と実質上差異がないと解されており、その性質は手続法上よりも実体法上の制度であるとみるのが妥当であるから、国際私法上の問題であるというべきである。そして、右消滅時効の問題はその債権関係において債権者がその債権を長期間行使しなかつたときにいかになるかという債権の運命の問題にほかならないのであるから、その成立及び効力に関する準拠法は債権関係の準拠法、即ち債権自体の準拠法によるべきものと考える。そうすると、本件においては前記報酬等の請求権の場合と同じく法例七条二項により行為地法たるアメリカ合衆国ニューヨーク州法によると解せざるを得ない。

ところで、右ニューヨーク州民事手続法及び規則第二一三節によれば「次の訴訟は六年以内に開始しなければならない。」としてその二に「明示又は黙示の契約の債務もしくは責任に関する訴訟」と定めているところ、被告は右期間はわが国の民法一七二条所定の短期消滅時効に比して長期であるから右外国法の規定は法例三〇条により適用を排除されるべきであり、結局わが国の民法によるべきことになると主張するのであるが、なるほど、時効に関する規定は強行規定であり、それを公益的規定と解するとしても、当事者の援用がなければ権利消滅の効果は認められず、終局的にはその費用が当事者の意思に委ねられている面のあることを度外視することを得ず、これを全くの公序的規定と解することはできない。(なお、その点では同じ強行規定である身分法上の諸規定の公益的性質となお差異があるとみることができ、このような身分法関係でも法例では外国法を準拠法としている。)もちろん、国際私法における外国法適用排除の標準とされる「公の秩序」、「善良の風俗」はそれぞれの内国の立場から考察すべきであり、また法例三〇条の「公の秩序」も民法にいう「公の秩序」と即同一と解すべきではないが、要するに同条は外国法適用の結果わが国内の私法的社会生活の安全が害され、わが国の法秩序の理念に反することになる場合(例えば外国における一夫多妻の制度を適用する例のように)に外国法の適用を排除しようというのであり、同条の公序良俗違反はこのような意味で解すべきものである。このような見地に立てば、前記ニューヨーク州法における訴提起期間六年の規定を適用することによつて、直ちにわが国の時効制度ひいては市民法秩序が害されるものということはできず、従つて右外国法の時効期間の規定が直ちに法例三〇条の公の秩序に反すると解することはできないのであり、なお本件の事案において右期間のほか、原、被告当事者及びその債権関係等の事情を考慮に入れてもそれを積極に解すべき理由を見出すことができない。被告指摘の判例の説示はその合理性を首肯できないのみならず、その当事者がいずれも日本人である点において事案を異にするものであつて、これを本件に適用するのは適切でない。

してみると、一九六八年(昭和四三年)八月一日に当庁に提起された原告の本訴は前記出訴期間六年を経過する前のものであることが明らかであるから適法というべきであり、結局被告の消滅時効の抗弁は援用することができない。

五、以上によれば、原告の被告会社に対する請求はアメリカ合衆国通貨による前記報酬等二、〇〇〇ドル及び立替金155.52ドル、合計2,155.52ドルとこれに対する前記一九六五年(昭和四〇年)一月二〇日以降完済に至るまで法定利率一年につき六パーセント(年六分)の割合による利息金の支払を求める限度で理由があり、その余の部分は棄却することとする。(なお、被告が右金員を日本通貨で履行するときはその弁済時における為替相場で換算した金額を支払うことになる。)

六、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。(深田源次)

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